ネット興亡記の見逃し動画を無料視聴する方法【最新版まとめ】

ネット興亡記の見逃し動画を無料視聴する方法

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ネット興亡記の見逃し動画まとめ

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<見逃し動画> 第5話 「孫正義とYahoo」
 
TVerでの無料配信は終了しました
 
第5話の公式あらすじ

2019年、LINEとの衝撃的な経営統合で日本初のITジャイアントを目指すヤフーは、起業家・孫正義の事業拡大の土台となった。孫が見据えるその先の世界とは一体
 
<出典>ネット興亡記公式

第5話のネタバレはここをクリック
5話はポータルサイトとして一時代を築いたYahoo!の話とIT業界を語る上で外せない人物孫 正義さん。
 
ソフトバンクグループ会長・自然エネルギー財団会長・アリババ取締役・福岡ソフトバンクホークス取締役オーナーなどなど役職を挙げたらきりがない、IT業界を牽引してきた巨人。
 
司馬 遼太郎さんの『竜馬がゆく』を読んで高校を中退し渡米。自動翻訳機を売った資金でソフトウェア流通会社を設立します。その後Yahoo!JAPANの成功により世間に知れ渡ります。
 
Yahoo!と孫さんの出会いのきっかけはマイクロソフト創業者のビルゲイツさんからの一言からだったそうです。
 
1987年7月ビルゲイツさんに会いに渡米。ビルゲイツさんに『PC WEEK(雑誌)を知っているか?』と訪ねられます。
 
この名前を覚えていた孫さんは出版社ごとPC WEEKを買収しようと名乗り上げます。一度失敗しますが粘り強く交渉した結果二転三転し成功。(この時に日本興業銀行の担当者をしていたのが三木谷 浩史社長で孫さんのあきらめない姿勢を見たことがきっかけで楽天を創業したそうです。)
 
買収後、孫さんはPC WEEK出版社の社長に『一社だけオススメのベンチャーを教えてくれ』と尋ねます。これに出版社の社長は『Yahoo!という若者が立ち上げた面白い会社がある』と答えたそうです。
 
1995年12月。この話を聞いた孫さんはすぐにYahoo!のあるシリコンバレーへ行きスタンフォード大学卒でYahoo!の創業であるジェリー・ヤンとデビッド・ファイロから話を聞きます。
 
当時のYahoo!は2人がネット上からウェブサイトのリンクを集めて作った『ジェリーとデビッドのワールドウェブガイド』。(Yahoo!という名前はガリバー旅行記で出てくる野蛮人という言葉出そうです。)
 
これに興奮した孫さんは2人に100億円の出資と日本進出を呼びかけます。孫さん以外にも既に大手企業から声をかけられていましたが、ベンチャー気質な2人は孫さんと組むことを選択します。
 
孫さんは東京大学在学中の孫 泰蔵さんに日本版Yahoo!を任せることにします。アメリカへ行きヤンさんと話をします。ヤンさんは『Yahoo!の使命は未来のニュートンの前にリンゴを落とすこと』と語ったそうです。
 
泰蔵さんは日本へ戻り日本版Yahoo!の開発を進めて行きます。倉庫をオフィスに、人海戦術で手当たり次第ホームページを探し、デモ画面に落とし込んで行くいうアナログな作業。
 
1996年4月1日日本版のYahoo!が完成しましたが、泰蔵さんは精根尽き果て入院してしまったそうです。そんな苦労の末できたYahoo!は日本でインターネットの代名詞になるほど有名になります。
 
順調かと思われましたが孫さんとヤンさんの間で方針のズレがあったと言います。ヤンさんの考えはITのイノベーションは予測しにくいのでお金と人員をつぎ込むにはリスクが高いのでハイテクじゃなくローテクでいいというものでした。これを孫はよく思っていませんでしたが黙認していたそうです。
 
しかしこの考えがYahoo!の衰退を招いてしまいます。
 
1998年同じくスタンフォード大学卒のラリー・ペイジさんとセルゲイ・ブリンさんがGoogleを設立します。複雑なアルゴリズムを用いた最強の検索エンジンとして評価されます。
 
Googleが浸透していったことでYahoo!は衰退し2008年にはヤンさんが辞任。2017年にはアメリカYahoo!は通信大手に買収されてなくなってしまいます。
 
一方Yahoo!JAPANは堅実な戦略で衰退を凌いでいました。そして孫さんはブロードバンド事業へ進出を試みます。
 
当時のブロードバンド事業はNTTの一強で海外からの評価は日本のインターネットは遅くて高いという恥ずかしいものだったそうです。
 
デジタル情報革命のインフラ提供者を目指していた孫さんはブロードバンド事業に革命を起こすためNTTに挑みます。
 
まず目をつけたのが有線でした。宇野 康秀社長と話が進まず有線が単独でブロードバンド事業をはじめてしまいます。
 
これを受けて孫さんもブロードバンド事業を開始、光ファイバーよりも安価なADSLに目をつけます。宇野社長もADSLを気にしていたと言います。
 
とある金曜の夜。宇野社長の元にADSLの会社東京メタリックから声がかかります。宇野社長は関係者がいないことから月曜の早朝にと延期してしまいます。
 
月曜の早朝に話を聞くと東京メタリックは既にソフトバンクに買収されていたとのこと。孫さんは土曜に買収を決断していたのです。
 
宇野社長は早い決断に驚いたと言います。この決断が功をなし、ブロードバンド事業を拡大していきました。
 
2016年9月サウジアラビアの王族、皇太子ムハンマド・ビン・サルマンさんが来日した時、孫さんはわずか10分しかないチャンスをものにします。
 
孫さんが持ちかけたのは、ソフトバンクとサウジアラビアでフォンドを設立し、世界のベンチャー企業へ投資することで企業を育て第二のYahoo!を見つけようといったお話でした。
 
サウジアラビアはこの話に合意、ビジョンファンドが設立します。その後、88企業に9兆円の投資をしますが、コロナショックの影響もあって損失が膨らみます。しかしまだ諦めないと孫さん。
 
『敗北を認めなければ負けはない』この言葉を胸に孫さんはこれからも挑戦していくのでしょう。
第5話の感想はここをクリック
番組内でも触れたようにインターネットと言えばYahoo!と認識されていたあのポータルサイトがまさか手作業で探して落とし込んでいたものとは驚きでした。
 
何度も耳にしている孫 正義さん・ソフトバンク・Yahoo!でしたが知らないドラマがたくさんあった上で出来たものと知ると一ユーザーとして感慨深く思います。
 
番組の総括として今までの起業家たちは諦めず挑戦して成功したといった言い回しをしていましたが孫さんはそれを体現するような人な気がします。起業家ではなくても見習うところは色々とあると思うので皆さんも是非見てみてください。

<見逃し動画> 第4話 「逆襲のLINE」
 
TVerでの無料配信は終了しました
 
第4話の公式あらすじ

SNSの巨人LINEの突破口を開いたのは、2000年代に事件を起こした、ライブドアの残党たちだった。そして社会インフラ化した大きなきっかけが大地震とは。
 
<出典>ネット興亡記公式

第4話のネタバレはここをクリック
4話はLINEのお話。2011年にサービスを開始した LINE。現在では月間利用者数2億と生活には欠かせないものとなっている。
 
そんなLINEを生み出したのは一度敗れた者達だという。
 
LINE最高戦略マーケティング責任者の枡田 淳さん。27歳でIT企業へ、中国最大手検索サービスBaidu(バイドゥ)の日本進出に向けて取締事業責任者に就任します。
 
しかし、GoogleやYahoo!に勝てずに撤退。枡田さんは鳥島氏事業責任者を退任し、Baiduを退職します。
 
そんな枡田さんにある人物から声がかかります。
 
韓国で70%のシェアを誇る検索サービス最大手NAVER、ネイバージャパンの森川 亮社長。
 
森川社長は日本の検索サービスに再挑戦しないかと枡田さんに声をかけたのです。
 
実はNAVERも2000年に日本へ進出し、Baiduと同じようにGoogleとYahoo!に敗北し撤退していたそうです。
 
惨敗を喫した森川社長が再挑戦に意欲的なのは理由がありました。韓国のエース、シン・ジュンホさんがこの計画に参加するというのです。
 
シン・ジュンホさんは業界で知らない人はいないほど有名だったので枡田さんも驚いたそうです。
 
その後実際にシン・ジュンホさんの話をした枡田さん。シン・ジュンホさんの『成功するまでは帰らない』という言葉から本気度や熱意が伝わり森川社長の誘いを受けマーケティング戦略を担当することになります。
 
こうして3人の日本の検索サービスへのリベンジが始まったとそうです。
 
2007年、当時の検索サービスの利用率はGoogleとYahoo!で8割超え。3人はこの大きな壁を崩さなければいけません。
 
イベント検索、写真編集、ミニブログ、グルメ検索など様々なサービスを展開していきますがどれも成果は得られず。
 
3年が経過した頃、3人は限界を感じていました。M&Aに活路を見出そうと趣向を変えた時、ある話が飛び込んできます。
 
ライブドアの買収。
 
2006年にライブドアの社長、堀江 貴文さんが逮捕されたことで上場が廃止されてしまったのです。後に社長についた出澤 剛さんも活路が見出せずにいたそうです。
 
そんな中ライブドアの幹部が枡田さんに買収して欲しいと申し出ます。この時は堀江さんのいなくなった当時のライブドアに興味がなかった枡田さんは買収を考えてはいませんでした。
 
しかし、ライブドアの資料を目に通すと・・・
 
利益もあって、キャッシュは十分。月間利用者数も3000万人と多くNAVERとの親和性も高い。特に枡田さんが目をつけたのが優秀なエンジニアが残っているというところ。
 
エンジニアが後に財産になると考えた枡田さんは森川社長とシン・ジュンホさんにライブドアの買収を提案します。
 
二人はこれを承諾。買収交渉が始まります。
 
NAVERはライブドアにブランド・経営ポリシー・雇用・経営体制の維持と成長の支援という5つの約束をし、買収に成功します。
 
停滞を続ける検索事業。GoogleとYahoo!の牙城を崩せず、3人は状況を打開しようと足掻いていました。
 
スマホアプリに特化したサービスに目をつけた時、ある事件が起きました。
 
2011年3月11日東日本大震災。
 
電話やメールが全く繋がらず被災者との連絡が取れない人が多くいたことからシン・ジュンホさんは『本当に必要なものは大切な人ともっと簡単に繋がれるツールではないか?』と考えが変わります。
 
3人は『知り合いとのみととれるシンプルなコミュニケーションツール』を目指し始めます。
 
最小限の機能と近い人間関係を結ぶという所に重点を置き、スピードが命と休日返上、連日缶詰をし僅か1ヶ月半でアプリを完成させます。
 
これがLINEです。
 
リリース後みるみるユーザーを増やしていきます。当初の目的100万人を軽々超え、半年で1000万人もユーザーを増やします。
 
しかしLINEのプラットフォーム化を視野に入れていた3人には人手不足という問題が発生しました。森川社長はすぐにライブドアチームを投入しようと提案しますが、5つの約束をした手前、枡田さんは二の足を踏んでいました。
 
一方出澤さんもLINEが人手不足に陥っていることを把握しており、この判断は一刻の猶予もないことも理解していました。
 
2011年。出澤さんはライブドアを捨てLINEに集中する決断をします。ライブドアチームが合流したことで人手不足が解消しさらに展開を広げていきます。
 
枡田さんはLINEとは人と人を繋げるという意味もあるがコンテンツとコンテンツを繋げるいわゆるプラットフォーム化の構想も元からあったと言います。また、NAVERとライブドアといった組織やメンバーを繋ぐという意味も含んでいると語ります。
 
まだまだLINEは成長すると枡田さんの言葉で番組は終わります。
第4話の感想はここをクリック
LINEの誕生のきっかけがまさか東日本大震災だとは知らなかったので驚きました。番組冒頭でLINEは敗北者たちから作られたと言っていいた通りリベンジに燃えた3人のお話でした。
 
当初の目的である検索サービスでリベンジを果たすことは出来ませんでしたが、GoogleやYahoo!とは違ったプラットフォームを形成したりYahoo!と合併したりと肩を並べる存在へとなったことはとても凄いことだと思います。
 
まだまだ進化すると言っていたので今後のLINEがどんな展開を見せてくれるのかとても楽しみです。

<見逃し動画> 第3話 「メルカリの野望」
 
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第3話の公式あらすじ

「オーラなし」「目立たない存在」-メルカリ創業者、山田進太郎が世界一周の旅を終えてたどり着いたヒントとは。そして、しられざる盟友との別れ、彼が目指す世界とは。
 
<出典>ネット興亡記公式

第3話のネタバレはここをクリック
3話は『メルカリの野望』ということで、メルカリの社長、山田 進太郎さんのお話。
 
フリマアプリ(フリーマーケットアプリ)、メルカリは2013年に配信され現在では、アメリカまで事業を拡大、月間利用者数が1500万人以上いるといいます。
 
今や巨大企業と化したメルカリですが山田社長は自身を凡人だと語ります。
 
山田社長は子供の頃、特に成績が秀でていたわけでもなく、部活や行事などで目立ったこともないそうです。
 
自分の価値を見出せないまま早稲田大学へ。
 
しかし東京の大学へ行ったからといって自分が何かできる様になったわけではありません。国際交流サークルへ入っても周りの優秀な生徒から自分との差に落ち込む日々。
 
小説家を志すも指南書で躓き挫折。また、当時すでに頭角を現していた孫 正義さんとの面会も学生時代にしたといいます。(この時から起業家という選択肢を意識し始めたそうです)
 
自分の価値を見つけられず迷走する日々。そんな山田社長は一つの本と出会います。
 
ニーチェの『ツァラトゥストラかく語りき』。
 
自分が日々思っていたことが既に哲学として存在していたことに驚き、ここで『自分は超人ではない、凡人だ。』『自分は自分に出来ることを、他人と一緒に価値を生み出していこう』と考え始めます。
 
2001年にウノウを設立。2004年、サンフランシスコへ飲食店を開こうとするも飲食店では1日に数百人しか接客できないのに対しネットでは100万人以上を相手にすることが出来ることに気づき日本へ帰還。
 
2008年『まちつく』というソーシャルゲームがヒットしたことで反アメリカのZyengaという会社が買収したいと申し出ます。山田社長はそれに応じ、2度目のアメリカでの挑戦。
 
しかしZyengaの経営方針と山田社長の方針が合わず退社してしまいます。
 
今までの経験を生かして、世界に通用するものを作ろうと再スタートを決意します。
 
2012年に世界一周の旅をし、自分は何をすべきかを再び考える山田社長。新興国のインド・ボリビア・ヨルダンを旅行し、あることに気がつきます。
 
モノがある先進国とモノ不足の新興国のモノの格差。
 
恵まれた環境に生まれた自分には、この『モノの格差』を解消する義務があると自分の価値を見出した山田社長は大学の後輩でエンジニアの富島 寛さんを誘い企画を練りこみます。
 
この企画こそがフリマアプリ、メルカリの原点だそうです。
 
そして山田社長は、アメリカへ行った時の知人でアメリカでの企業経験のある石塚 亮さんに『将来アメリカに必ず進出する。そしたら任せるから』と声をかけ、2013年2月に3人で『コウゾウ』を設立。
 
構想はあったものの大手会社に先を越されては難しくなると焦っていた石塚さんはtwitterでエンジニアを集い寝る間も惜しまず開発を急ぎます。
 
なんとか大手会社よりも先に完成しましたが、メルカリが認知されずにテスト版をリリースしてもダウンロード数は僅か60件と0に等しい数だったそうです。
 
行き詰まった山田社長。
 
残る資金の半分を広告に投資しようと石塚が大胆な提案をします。山田はこの提案を実行し12月には100万ダウンロードを達成します。
 
更に山田社長は元ミクシィの最高財務責任者の小泉 文明さんを雇い、TVCMでの広告を行いダウンロード数を更に伸ばします。
 
日本で順調に展開できたメルカリは2014年4月にはアメリカへ進出し約束通り、石塚さんをCEOへ任命します。
 
しかしアメリカでは知名度がなかなか上がりません。
 
2017年3月。メルカリに撤退の二文字がちらつき始めた時。山田社長がCEOに名乗り出ます。これに対し石塚は『最後までやり遂げたい』と発言するも『自分でやってダメなら諦めがつく』と反論し山田社長がCEOにつきます。
 
2017年5月元フェイスブックの副社長。ジョン・ラーゲンを招き入れ、広告媒体をラジオとYouTubeへ比重を置き展開。ロゴも一新したこともあり好調の兆しが見えてきたそうです。
 
山田社長は日本で生まれたことが世界で通用する最初の例を作りたいと語り番組は終わります。
第3話の感想はここをクリック
自分は凡人だという意外な語り口から始まりました。エピソードもさることながら登場人物として他の創業者や社員が多く出てくることから他人と協力して価値あるものを生み出して行ったことが伺えました。個人的にも1話、2話と比較すると共感できる部分が強かった気がします。
 
自分の価値を見出せず苦悩している所や社会に貢献したいという欲。
 
話の中にも出てきましたが、理想を語って従業員を振り回してしまった点など我儘な部分も多く、いい意味でも悪い意味でも人間臭いなと感じました。
 
私もメルカリを利用したことがあり、アプリが浸透していったのをリアルタイムで感じていたのでこういった背景があったのだと思うと感慨深かったです。
 
アメリカへの進出はかなり難しいとのことですが是非成功させ、日本の企業を盛り上げていって欲しいです。

<見逃し動画> 第2話 「インターネットの夜明け」
 
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第2話の公式あらすじ

「50歳手前で自己破産か」1994年日本初のインターネット事業を始めた男の前には、登録を拒む国の壁が立ちはだかる。そしてあの大災害と大事件が影響を与えたのは?
 
<出典>ネット興亡記公式

第2話のネタバレはここをクリック
第2話は日本で初めてインターネットをもたらした人物。インターネットイニシアティブ会長の鈴木 幸一さんのお話。
 
インターネットは1962年頃、コンピューターサイエンスをベースに通信ができないか?ということで軍事目的で研究され始めた。鈴木さんはインターネットを22歳の時に雑誌で知り興味を持っていたそうです。
 
1992年。鈴木さんに慶應義塾大学助教授の村井 純さんとアスキーソフトウェア開発部長の深瀬 弘恭さんから『商用インターネット接続サービスの事業を起こしてくれないか?』と声がかかります。
 
グーデンベルクの活版印刷に匹敵する革新になると感じていた鈴木さんは大手企業が10~20億円出資してくれるということもあり、これを快諾。鈴木さんの元に若い優秀な技術者が集まり、インターネットイニシアティブジャパン(日本のインターネットをリードするという意味が込められている)を設立。
 
未来の船出に胸を高鳴らせます。
 
しかしそんな鈴木さんに最初の壁が立ちはだかります。村上さんから聞いていた、大手会社から10~20億円の出資がなくなって(元から約束されていたものではなかった)しまったのです。
 
鈴木さんは様々な場所へ足を運びなんとかき集めたお金が僅か1800万円。厳しい船出になってしまいました。オフィスとして借りた場所は1年後に解体予定のビルの一室。カーテンも買えないほどの資金難だったとのこと。
 
そんな苦しい中でも鈴木さんは肩を落とすこともなく、『日本を変えることができる』『日本の通信を変えるんだ、そう簡単に行くわけがない』と社員を鼓舞し会社の士気を高めます。
 
しかしすぐに次の壁、最大の壁が立ちはだかります。その最大の壁とは・・・郵政省の承認です。
 
インターネットを日本の通信事業として展開するためには、郵政省からの承認が必須です。しかしインターネットという新しい事業に理解を示してくれない郵政省。
 
3年間収入がなくても維持できる証明をしろと言われてしまいます。もちろん鈴木さんの元にそんな資金はありません。
 
1年後の1993年。アメリカでついに世界初の個人・商用向けのインターネット事業が開始します(ブラウザ『モザイク』)。IIJも開発者のアンドリーセンや他の海外から出資の打診の声をもらいましたが規制により規制により次のステップに以降できない状態。
 
資金難が続き、自分の貯金・社員の給料を崩しやりくりなんとか持ちこたえますが、それもどれまで持つか・・・倒産という言葉が脳裏をよぎります。
 
最後の手段として銀行に勤めている友人に頼みこもうとしますが、話さえ聞いてもらえない始末。資金繰りに行き詰まってしまった鈴木さんは一か八かの賭けに出ることに
 
1994年の郵政省の新年会。インターネットを通信事業として認めてくれなければ提訴も考えていると半ば脅すように郵政省の面々に告げる鈴木さん。
 
郵政省は鈴木さんの発言を受けて3億円の資金保証を条件に許可をすることに。約束は出来たものの資金難な鈴木さんにとって3億円もの大金を集めるのはかなり高いハードルでした。
 
様々な銀行に足を運びますが中々借りることができません。がむしゃらに足を運んでいた鈴木さんは趣向を変えて、インターネットに理解のある、住友銀行のアメリカ帰りの副支店長に相談をします。
 
副支店長さんが上司を取り次いでくれたおかげもあり、1億円を借りることに成功。後に続いて他の銀行からも借りることが出来、条件である3億円を達成します。
 
特別第二種電気通信事業者に登録。快進撃を見せ、鈴木さんは30年間インターネット事業に携わることになります。
 
その中で印象にあるのが、1995年に起こった阪神淡路大震災とオウム真理教による地下鉄サリン事件だとのこと。
 
阪神淡路大震災では混乱から電話網が麻痺してしまい安否確認が出来ない状態になってしまいました。そこで IIJは掲示板サービスを展開し被災者の安否確認が書き込めるようにします。この一件でインターネットの見方が変わったそうです。
 
そして地下鉄サリン事件。IIJとはなんの関連性もないと思えますが、実は事件の1年前、警察官が『オウム真理教がIIJのネット回線を利用している。監視など出来ないか?』と尋ねたそうです。鈴木さんは憲法の通信の秘密に抵触するのではないか?と悩んだそうです。しかし事件は起きてしまった。
 
鈴木さんは日本のIT業界を自身の経験からこう語り番組は終わります。『スクラップ(効率の悪いものを切り捨てる)が出来ないからビルド(新しいものを作り上げる)が出来ないと』
第2話の感想はここをクリック
今ではインターネットは馴染みのある、というよりは知らない人はいない程の通信システムですが、1992年に知っていた人が僅かしかいないと聞くと、物凄い速さで浸透していったことを痛感します。
 
ラットイヤー。歩みの早いIT業界を捉えるには20年先まで見通せなければならない。と番組内で述べていましたがその通りだと思いました。
 
今現在のインターネットの利用者数は1億を超えているそうですが、鈴木さんの奮闘がなければと思うとゾッとしますね。
 
鈴木さんが指摘したように日本というか日本人には新しいものを取り入れることに億劫になっているイメージがあるので私も新しいものでも良いものは積極的に取り入れたいなと思いました。

<見逃し動画> 第1話 「ネットバブルの攻防」
 
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第1話の公式あらすじ

2000年、サイバーエージェントを最年少上場させ、頂点にいた26歳の藤田晋を待っていたのはネットバブルの崩壊と身売りの危機だった。
 
<出典>ネット興亡記公式

第1話のネタバレはここをクリック
ネット興亡記は日本のIT起業家たちの実像を追ったドキュメンタリー作品で元は日本経済新聞電子版で2018年から2019年12月まで断続的に掲載されたものだそうです。
 
新聞記者の杉山をオリエンタルラジオの藤森が演じ、各回ごとにIT起業家を取り上げインタビューをしていくと言ったもの。
 
最初はサイバーエージェントを起業した藤田 晋さん。
 
26歳という若さで東証マザーズを上場(当時最年少記録)させ、2018年の総資産約1390億、日本長者番付36位
 
サイバーエージェントはインターネット広告やゲーム、ブログなどを事業としている会社。有名なサービスだとAmebaブログやAbemaTVなどがあげられる。
 
最年少で上場し現在日本を代表するといっても申し分ない程有名な起業家ですが、その道のりは甘くはなかったと言います。
 
1992年。藤田さんは福井から上京し、東京の大学へ。もともと起業家を目指していたようで、在学中にもアルバイトで営業を学びます。
 
そして当時、若手起業家として有名な宇野 康秀さんが率いる人材会社インテリジェンスへ就職。入社一年目にしてトップの成績を収めます。
 
そしてすぐさま起業を決意する藤田さん。ネットバブルの時代に入りつつあった当時、IT業界に目をつけた藤田さん。IT業界は技術者上がりの経営者が多いが、営業のノウハウがほとんどなく、人を雇えるお金もないことに気が付いた藤田さんはネット企業の営業代行がビックビジネスになると信じていた。
 
そんな中インテリジェンスの宇野さんから意外な申し出が・・・その内容とはインテリジェンスが70%を出資するといったもの。藤田さんは宇野さんの提案に驚いたが、これをありがたく受け入れたそうです。
 
1998年サイバーエージェントを設立。当初は3人だけだったとのこと。21世紀を代表する会社を作るという目標にがむしゃらに突き進みます。
 
根幹事業としてネット広告のシステムを作り上げようと試みる藤田さん。しかしエンジニアがいないため、バイトを雇って挑戦しますが、出来たものはとえも見せられるようなものではなかったという。
 
そこでエンジニアを求めてオン・ザ・エッヂの堀江 貴文さんを訪ねます。話を聞いた堀江さんは出来ると簡単にいってのけます。
 
不信感を抱きながらも頼んだ藤田さん。依頼通りのネット広告システムを作り上げた堀江さん。藤田さんの予想をはるかに超え、サイバークリック(ネット広告のシステムの名前)は飛ぶように売れた。
 
その後も二人は絶妙なタッグでそれぞれの企業を成長させた。
 
1999年。日経新聞のベンチャー・オブ・イヤーで第2位となり注目を集めます。(ちなみにこの時の1位は楽天の三木谷 浩史さん)
 
そして2000年。ついに東証マザーズで上場。当時最年少を記録し、さらに有名になります。起業わずか2年で上場を果たした藤田さんとサイバーエージェントには実態の以上の評価を受け巨額の資金を受けます。
 
その額225億円。
 
しかしこの後、膨らみ続けたネットバブルが崩壊。株価は1/10まで下落してしまいます。経験の浅い藤田さんはどうしていいかわからずとりあえず自分の所持する株を社員に無償で配布することに。
 
しかし結果は変わらず。そんな中、藤田さんは新聞からサイバーエージェントの株を村上ファンド(村上 世彰さんらが牽引する投資会社)が多く保持していたことを知ります。
 
村上さんの元を訪ねると、『使う予定がないのであれば現金を株主に戻せ』『上場企業は成長投資に資金を回すべき』と厳しい意見を貰います。
 
しかし藤田さんは村上ファンドが投資する前に投資をしてくれた株主に申し訳ないという価値観の違いから村上さんの意見を取り入れませんでした。
 
とはいうものの打開策もなく社員に無料で配った株も影響し、村上ファンドが他の株主と提携してしまえば筆頭株主は藤田さんではなく村上ファンドとなり、会社を乗っ取られてしまうという状況になってしまいます。
 
このまま乗っ取られてしまうならと藤田さんは宇野さんを訪ね、自分の株を買い取って欲しいと頼み込みます。しかし、宇野さんからの返事は拒否。
 
策もないまま頭を悩ませる藤田さんの元に楽天の三木谷さんがサイバーエージェントに関心があると連絡を受けます。楽天と提携ができれば窮地から脱することができると考えた藤田さんは三木谷さんと仲のいい元弁護士の井上 智治さんに仲介をお願いします。
 
経験の浅い藤田さんは井上さんに『君はもう前に出てこなくていいから』と交渉を全て井上さんに委ねることに。
 
その結果、三木谷さんは10億を投資しサイバーエージェント株の10%を買い取ってくれると約束。一命を取り止めます。しかしなぜ助けてくれたのか?疑問が残ります。
 
藤田さんが知らない中で大きな以下のような動きがあったとのこと。
 
井上さんは三木谷さんにサイバーエージェントの出資を提案。その後村上さんに面会し、サイバーエージェントから手を引いて欲しいと申し出ます。また、藤田さんの申し出を拒否した宇野さんも旧知の仲の村上さんに『これまでの付き合いに免じてこの辺りで手を緩めてやって欲しい』と頭を下げます。
 
その後、村上さんの呼びかけで和解の会が開かれます。4人の経営論に全くついていけなかった藤田さんは屈辱と共に『10年以内に追いつく』と決意。
 
その後サイバーエージェントは快進撃をみせ、2003年には黒字転換し株価も上昇。メディア事業に力を入れ今では日本を代表する企業へと成長を遂げました。
 
苦難を乗り越えた藤田さんは投資家に向けてこの道は甘くないと力強く語り番組は終わります。
第1話の感想はここをクリック
登場人物があまりにも大物ばかりで目が離せませんでした。
 
入社1年目でトップの成績を収めたり、起業2年目で上場と聞くと天才肌で挫折や苦労を知らないんだろうなと思いましたが、番組を見ていく自分が想像できないほどの期待と重圧・・・とてつもなく厳しい環境の中で揉みに揉まれて今の藤田さん、サイバーエージェントがあるんだなと感じました。
 
私は日経新聞の電子版を読んでいないので、次回はどんな起業家のお宝話が聞けるかと思うと楽しみです。

ネット興亡記の内容

公式サイト

「ネット興亡記」の原作は、1990年代、⽇本での本格的なインターネットの普及とともに現れた“IT起業家”たちの実像に迫る、日本経済新聞電⼦版の⼈気連載企画。すさまじいスピードで激変を続けるネットの世界で繰り広げられた、⽇本のIT起業家たちの知られざる挑戦と苦悩の歴史を描いたドキュメンタリー。2018年の連載開始以来、たびたびTwitterのトレンドに急上昇ワードとして登場するなど、ビジネスパーソンを中⼼に熱烈なファンを獲得。第1部連載終了後も人気を博し、外伝、完結編を含めると全52回にわたる長期連載企画。
 
今回はParaviオリジナルドラマとなり、連載の中から厳選した回が連続ドラマ化。
 
 
<出典>テレビ東京公式

 
<出演者>
 

杉山:藤森慎吾
 
【インタビュー出演】
 
・第1話
 藤田晋(サイバーエージェント・社長)
 宇野康秀(USEN-NEXT HOLDINGS・社長)
 
・第2話
 鈴木幸一(IIJ・会長)
 
・第3話
 山田進太郎(メルカリ・社長)
 
・第4話
 出澤剛(LINE・社長)
 舛田淳(LINE CSMO)

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ネット興亡記の感想

40代男性

題名がたいへん興味を引くドラマで内容が特に気になるドラマです。題名のインパクトは特にドラマでは重要であり、多くの人が初め触れる玄関となっているであろう題名というのが、重要なファクターを占めているのです。その点このドラマは成功してると言えるのではないでしょうか。多くの人がテレビ離れをして、今やネットの方が多く接するというような人も多い中、「ネット興亡記」などといったようなネットを全面に押し出した題名がドラマで放映されるということ、そのことによりいかに現代に生きる人々がテレビ離れしてネットに重きを置いているのかということが分かると思います。このようこのようなまずは掴みはOKと言う滑り出しを図っているドラマですが、実際の話としてはIT企業等の話でありました。多くの野望を持って挑んできたのかという所であったり、その野望についての具体的な話なども多く語られているのです。そのような語られていないような話をフィクションも交えながらうまく描かれているドラマです。実はこの「ネット興亡記」は原作が存在していて有名な杉本さんという人が書き下ろした原作が存在するのです。しかも日本経済新聞社で勤められている杉本さんですので、多くの信憑性があるだけではなく、きちんとした裏取りをもってして語られている話であります。フィクションですが、日本経済新聞社ならではの視点の話をうまくデフォルメしてフィクションとして見やすくそして分かりやすくハラハラ感を交えて描かれているので大変興味深く見ていました。

30代女性

日本のIT事業を引っ張っていった人物達のノンフィンクションドラマはとても興味が深かったです。一話完結で、全部で5話ありましたが、それぞれ違う人物にフォーカスされていて、どの回もとても面白かったです。今となってはなくては当たり前のように存在しているインターネット事業。一見とても華やかに見える業界の裏にそれぞれ想像を絶する苦労があった事をこの番組を見て知る事ができました。90年代、まだ子供だった私は、気付けばパソコン、インターネット回線ができていて、いつのまにか携帯電話が登場。徐々に進化していって、スマホの登場と共に今ではアプリをダウンロードして使う事が当たり前のようになっていますが、この5話全部を見て、そのインターネット業界の約20年の歴史を詳しく知る事ができたような気がしました。もしこのドラマに登場してくる先駆者達がいなければ、もしかしたら今のような便利な世の中になっていなかったかもしれないと思うと、彼らの苦労の元に今の便利さが存在しているんだな、と改めて感じる事ができました。このドラマの設定も面白くて、当事者本人がインタビューに答えるという形で出てくるのがリアリティがあって、本人達の気持ちがリアルに伝わるのでよかったです。

30代男性

気が利いた連載物だと感謝しています。再現フィルム部分も非常にリアリティがあり、手に汗握る程、感情移入してしまいました。新聞記者の役回りで挿入されているナレーションの演出も質が高く、良いキャスティングだと感心しています。Cyberの時も、IIJの時も、現実世界の実際の張本人が、忌憚なく率直に回顧するインタビュー・シーンには、何度も興奮しました。今後の展開にも、益々目が離せず、大いに期待しながら、番組の成功を心から応援しています。早朝以外の時間帯にも、再放送枠での放映も希望致します。何卒ご配慮の程、よろしくお願い申し上げます。最後になりましたが、長年の長寿番組モーニング・サテライトのニューヨーク・スタジオの森田アナウンサーの最近の不在が、とても気になります。社内人事異動なのか、転職なさったのか、番組内でのコメントを、是非ともお願いします。

50代男性

大きな物事がスタートする際に必然的に生じる、草創期独特の困難さ・苦しさと、様々な挑戦者たちが持てる知識と経験、知恵を駆使し、更に勇気を振り絞ってその難関を乗り越えていく面白味、そしてその後に得た達成感・爽快感をしっかり伝える非常に痛快なサクセスストーリー、現代の創世神話であるとともに、未開でかなりラフではあるが相当な可能性を湛えた、新たな大沃野に飛び込んだはずが、既得権益を守ろうとする複数の勢力の妨害とそれを保護する行政サイドの規制、更には法制の壁にもぶち当たり一旦は挫折するエピソードを必ず含んだ、新たな挑戦へのチャンスと可能性をある種システマティックに狭めてしまう、現代日本社会の抱える宿痾を確実にあぶりだす社会派ドキュメンタリーとしての面白さを同時に満足させる、非常に興味深く、また味わい深いドラマだと思いました。そうした雰囲気を確実に捉え、視聴者にきちんと伝えてくれる再現ドラマのパートも素晴らしいですが、毎回、ドラマ中に挿入される当事者のインタビューは貴重な証言録というだけでなく、全てを乗り越えた者だけが持つ余裕と達観を伝える非常に印象深いものであり、リラックスした表情で放たれるその一言一言が相当な重みを感じさせるのは流石の一言です。またドラマをリードする藤森慎吾のナレーションも、番組に通底するそうした雰囲気を損なわない、中々にハイレベルなものだと感じました。

30代男性

お笑いコンビ、オリエンタルラジオの藤森さんが新聞記者役でインタビュー形式となった「ネット興亡記」。今やIT界を支えるキーパソンたちの起業ストーリーや分岐点となった出来事を聞けてなかなか見応えがありました。色んなタイプの社長がいて、若くして成功し苦難が来たケースや成功を事業計画がありながらも国の認可が降りず破産寸前になったケースなどエピソードに似たところがなかったのも良かったです。また登場した社長たちが実はそれぞれに繋がっているというのが構成ました。また単にITの可能性だけでなく、大きな事業を立ち上げ、人を率いている人たちの人柄や世界観が聞けたのが良かったです。また何より事業がITである意味、人との繋がりが形を変える中、大事な部分の人との交流も描かれていたのが良かったです。特に初回は力が入っていて通常回は1話につき1人だったのがサイバーエージェントの藤田晋氏とU-SEN NEXTの宇野宇野康秀氏の2人で贅沢感がありました。ドラマ形式にはなっていますが、すべて実話なのでほんと言葉の説得力が違いました。他の回もメルカリやLINEと誰もが知っているITサービスの社長たちだったのでより関心を持って話が聞けました。ラスト回は誰もが知っている?YaHoo!と孫正義氏に焦点あたり、30代の孫氏とYaHoo!を繋いだものや孫氏が当時見据えていたものの話などを知りスケールの大きさや先見性など感服させられました。