笑ってコラえての見逃し動画を無料視聴する方法【最新版まとめ】

笑ってコラえての動画を無料視聴する方法

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<Huluユーザーの声>

20代女性

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笑ってコラえての見逃し動画まとめ

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<見逃し動画>6月17日  笑ってコラえて!世界一周SP!
 
TVerでは配信されていません
 
6月17日の公式内容

名物スタッフ『コマツバ〜ラ』が世界を一周!ブラジル「リオのカーニバル」に密着!
なかなか外出できない昨今、世界を旅した気分になれる珠玉のVTR2本を大公開!
さらに、ブラジルでコロナと闘う現地支局員のラウラとも中継!
 
【ダーツの旅的 世界一周 1年間ロケしっぱなしの旅 総集編】
番組ディレクター「コマツバ〜ラ」が世界中を周り、日本人未踏の地を探すこのコーナー。
各国の助太刀とともに、14もの国を1年をかけて回った旅の軌跡を
数々の貴重体験や危機一髪シーン盛りだくさんでまるっと総集編でお届け!
 
【笑ってコラえて!の海外支局を作ろう! in ブラジル】
南米最大の祭典「リオのカーニバル」。
2012年、現地支局員と共に前年に火災に見舞われたトップグループに密着!
放送から8年が経ち、現在もブラジルにいるラウラ現地支局員が中継でスタジオに!
ラウラ支局員はなんと、ブラジルで新型コロナと闘う医者になっていた!

6月17日の内容ネタバレはここをクリック
▼1か国目はオーストラリア
医学を勉強する大学生ロクランに助太刀してもらい、オーストラリアの日本人未踏の地を求めて西へ。
 
オーストラリア第4の都市パースを経由し、さらに北東に位置するレオノーラを目指す。
 
人口およそ1,500人(取材当時)、主産業は金の採掘であるレオノーラ。
日本人が来たことがないと確認した2人は、街の人たちの前で二人羽織を披露し大ウケ。
世界中でこの伝統芸を披露することを決意したコマツバーラだった。
 
 
▼2か国目パプアニューギニア
パプアニューギニア屈指の進学校ソゲリ高校を訪れると、そこは仙台育英高校と姉妹港提携を結んでいる学校だった。
そこでコマツバーラが日本のギャク、ナハナハを披露。
エリート高校生に異常なバカウケを果たす。
 
そしてこの地で見つけた助太刀は、日本に13年暮らしていたことがあるというロジャー。
 
日本人未踏の地を求めて2人がたどり着いたのは、北部のネイラバ村。
ここでもロジャーとコマツバーラで二人羽織を披露。
現地人の2人も挑戦し、子どもも大人も大盛り上がりだった。
 
 
▼3か国目アメリカ アラスカ州
アメリカでの助太刀キアラとともに、極寒の地で犬ぞりに乗ったりオーロラに感動しながら、氷に覆われる小さな街、アッカスックへたどり着いた。
 
ここでは小学校の先生2人が二人羽織に挑戦。
うまく演じる先生たちに大爆笑の子どもたち。
二人羽織は世界に通じる芸だった
 
 
▼4か国目コスタリカ
助太刀は日本の交通系カードを揃えもつ鉄男オスカル。
 
コスタリカは、
日本の九州と四国を合わせたほどの小さな国だが、地球上の全生物の5%、9万3千種が生息するともいわれる動物王国(2010年のデータ)。
至る所に昆虫や動物がいるわいるわ!
 
そして辿り着いた日本人未踏の地はラス・デリシアス。
ここで二人羽織に挑戦したのは後ろが子どもで前が大人の凸凹コンビ。
もちろんコスタリカでも大ウケだった。
 
 
▼5か国目グアテマラ
この国での助太刀は、日本語ペラペラのレオネル。
東京外国語大学に留学し、日本に4年間滞在していたそう。
 
35歳でアジア研究センター長に就任したやり手のレオネルは、日本語だけでなく英語、中国語、フランス語…何か国語も操る語学の天才。
 
レオネルとともに探し当てた未踏の地は川辺の村サンファンアクル。
村の有名人である小学校の校長と、その教え子の青年が二人羽織に挑戦。
校長先生に水をかけて楽しんだ青年と、こちらも楽しそうに笑う校長先生だった。
 
<グアテマラで出会った日本人はあの俳優の弟だった>
 
そんなグアテマラの旅の途中で出会った日本人がいた。
スペイン語学校を主催している片桐さん。
 
日本にはお姉さんが1人いて「俳優をやっている」という。
話をきくとなんとあの片桐はいりさんの弟だった。
 
もともと奥様がやっていたスペイン語学校に片桐さんが勉強にきたことで知り合い、結婚されたということだった。
 
 
▼6か国目アルゼンチン
この国での助太刀は日本語教師のオキョネロ・ガブリエラ。
 
南に位置するエル・カラファテへで壮大な面積をもつ氷河を眺め、そこからルート40を北上。
 
やっと見つけた日本人未踏の地は、1959年にできたラゴ・ポサーダスというまだ新しい街。
人口約300人の小さな街では、可愛らしい小学生が二人羽織に挑戦し盛り上げた。
 
<なぜ島唄が歌えるの?>
 
アルゼンチンので旅の当初、首都ブエノスアイレスで出会った男性が、なぜか島唄を知っていた。
 
そのわけは…
遠い東洋の島国の歌を気に入ったアルゼンチンの歌手アルフレッド・カセーロが、2001年に無許可で日本語のまま、島唄をカバーしてリリースし、大ヒット。
 
そのことを知ったBOOMの宮沢和史さんはアルゼンチンに飛び、「歌ってくれてありがとう」とカバーを快諾。
その後、
2002年の日韓ワールドカップのアルゼンチン公式ソングにもなり、国立競技場でのパブリックビューイングで2人は両国の勝利を願い歌ったこともあったのだ。
そういうわけで、たいていのアルゼンチン人が島唄を日本語で歌えるのだ。
 
 
▼7か国目ブラジル
助太刀は日本語ペラペラのカルロス。
Jリーグ発足当初、鹿島アントラーズで活躍したカルロス・サントスを父にもつ彼は、当時日本に住んでいたこともあるのだ。
 
カルロスと日本人未踏の地を探して旅するが、なかなか見つからない。
トロンベッタスという街のホテルでは、「三菱の方も来ました」という。
聞くとトロンベッタス周辺は、アルミニウムの原料であるボーキサイトの産地で、世界中から商社マンが訪れるそうだ。
 
その後タパージェンという日本人未踏の地に到着。
村の女性2人が息の合った二人羽織を見せ、村人たちも大いに盛り上がった。
 
 
▼8か国目ウルグアイ
マテ茶を愛するウルグアイ人の助太刀は、剣道2段のイケメン、エミリアーノ。
 
アルティガス県庁でずいぶんとラフな格好の県知事に、日本人が来たことがあるかと聞くと、日本大使がきたという。
 
その後訪れたさらに小さな街サングレゴリオでも、日本大使がきたという事実が!
 
今度こそ日本人…いや日本大使が未踏の地かどうか、期待を込めてブランキージョへ向かったコマツバーラ。
村長に日本大使がきたことがないと確認し、ウルグアイの日本人未踏の地はブランキージョに決定!
 
そして村長と友人のコンビで挑戦した二人羽織は村民たちにウケ過ぎなほどウケたのだった。
 
 
▼9か国目ウガンダ
助太刀はツアー会社で働くフランシス。
 
ウガンダも動物王国。
サイやチンパンジー、ゾウなど、たくさんの動物に出会った。
 
ウガンダでの日本人未踏の地ランゴールでコマツバーラが広めた日本の文化は相撲。
ふんどしをしめ、初めて体験する遠い異国の格闘技に、村人たちは大熱狂だった。
 
 
▼10か国目モロッコ
首都ラバトで訪れた日本語学校で目に入ったのは「死神」と書かれた習字…
なぜ死神?
生徒に聞くと、日本の漫画「デスノート」がここモロッコでも読まれているらしい。
 
この国での助太刀は「恐縮です」という日本語まで話すファトヒ・ウサマ。
 
サハラ砂漠を四駆で突っ走った先にあった未踏の地はシディアブデンビ。
 
そこでウサマが特技のけん玉を披露。
しかしチャレンジを申し出た町人2人が、まさかの一発成功!面目丸つぶれのウサマだった。
 
 
▼11か国目イタリア
助太刀はシチリア生まれのサラリーマン
レナート・ジョルダーノ。
 
イタリアで辿り着いた日本人未踏の地は羊飼いの伝統をもつ島の内陸部の村ウサッサイ。
 
そこで紹介した日本の文化はお正月。
ローマにある日本人学校で借りた杵と臼で、「ヨイショ!」の掛け声とともに子ども達と餅つきをして楽しんだ。
 
 
▼12か国目ギリシャ
「初めて観たドラマは『花より男子』です」
「松潤は目がキラキラでまぶしい生き物です」
と日本文化に詳しい助太刀は、日本人のご主人をもつナターシャ。
 
2人が長い旅路の末辿り着いたエビア島のアンティア村には驚きの文化が!
 
遠いところからきた日本人を歓迎した村長は、「僕たちの文化もスゴイよ!
口笛で会話ができるんだよ」と言い、外に出ると指笛を鳴らした。
 
すると離れた場所にいた村人たちも口笛を返して、こちらへやって来た。
 
村長にどういうことか聞くと、向こうにいた1人が「誰が来たんだ?」と聞いてきたので、「日本人だよ」と答えたのだという。
 
半信半疑のコマツバーラは、試しに村人の1人に「みんなで拍手をしてください」と口笛で伝えてもらうと、他の皆がちゃんと拍手をした!
 
さらに食堂のおばさんに、
「お酒を持ってきてください」
「オレンジジュースを追加」
と口笛で伝えると、
本当にお酒とオレンジジュースを運んできてくれたのだ。
 
ギリシャ語のほとんどの音を口笛に置き換え、口笛でギリシャ語を話しているらしい。
 
最長4km先まで聞こえる口笛による会話はアンティア村だけに伝わる文化。
現在それができるのは村民40人中20人で、残念ながら滅びつつある文化なのだ。
 
そんな素晴らしい文化をもつ村でも、二人羽織とタコ焼きという日本文化を披露し、小さな村の住人たちと交流をした。
 
 
▼13か国目インド
助っ人は日本の4年生大学を卒業したマントリー・ニキル。
 
ゾウに乗ったりガンジス川で沐浴をしたりとインドの文化に触れながら、着いたところは日本人未踏の地ディヒラ。
 
ここで広めようとした日本の文化は日本のルーで作ったカレーライス!
 
カレーが本場のインド人の感想は?
「めちゃくちゃ美味しいよ」
「ファーストクラスの味だ!」
と、とっても喜んでくれたのだった。
 
 
▼世界一周最後の国はキルギス
助太刀はジャーナリストのカチキンバエフ・セイテック。
 
2016年のキルギスを訪れた日本人観光客の数は3,125人と少なく、日本人にはあまり聞きなじみのない国キルギス。
 
日本人未踏の地は簡単に見つかるだろう
と思ったコマツバーラだったが…
キルギスのあちこちを巡るものの
どこで聞いても「日本人は来たことがある」という答えばかり。
 
やっとのことでたどり着いた日本人未踏の地はアック・クドゥック。
世界一周最後の二人羽織は、元気な男の子と女の子がチャレンジし、みんなで大爆笑だった。
 
<日本人とそっくりなキルギス人>
 
キルギス人の顔だちは日本人とそっくり。
そのことにキルギス人は昔から気づいていたらしい。
 
キルギス人と日本人は兄弟で、キルギス人は羊の肉が好きだったので遊牧民になってキルギス人に、一部の人は東のほうへいって魚が好きだったので日本人になった、
という昔話があるそうだ。
 
 
こうして364日、総移動距離6万5千kmのコマツバーラの世界一周の旅は幕を閉じたのだった。
 
 
スタッフが住み込みで現地取材したコーナー。
2012年に、日本語堪能な支局員ラウラとともに密着取材したのが
ブラジル リオのカーニバル!
 
▼リオのカーニバルってどんなもの?
キリストの復活を祝うイースターの前40日は断食期間だが、その前の1週間ほどハメを外して楽しむのが本来のカーニバル。
 
同じ期間に世界各地で催されるが、80万人が訪れるリオのカーニバルは世界最大級。
しかもただ練り歩くのではなく、コンテストでもあるのだ。
 
リオにある主要なサンバチームは35前後。
それが実力順に、トップのスペシャルグループ、2軍にあたるAグループ、3軍のBグループの3つに分かれており、毎年グループごとに順位がつけられる。
 
1チームは2,500人~4,000人。
規定時間内で会場をパレードし、さまざまな審査項目で点数がつけられ順位が決まる。
 
 
▼昨年悲劇に見舞われたサンバチーム
スタッフと共に取材をする現地支局員は、カーニバルを見たことがないというルッカスと、もう1人はラウラ。
ラウラはセーラームーンなどのアニメから日本に興味を持ち、日本語学校に進学したほど。
 
「私はダメなブラジル人。サンバが全然できない」
と話す彼女だが、いつも応援している地元のサンバチームとは別に、気になるチームがあるという。
 
それは「グランデ・リオ」
3度の準優勝に輝いた実力のあるチームだ。
 
2010年は0.5点差で2位になり、今年こそは優勝をと臨んだ2011年の開催1か月前、悲劇が起こった。
チームの倉庫が火事になり、山車や衣装が消失してしまったのだ。
 
急ごしらえの山車と衣装でなんとか出場はしたものの、思うようなパフォーマンスはできず、不本意な年となってしまった。
 
「だから今年にかける意気込みは
他のチームよりずっと強いはず」
というのが、ラウラがグランデ・リオに注目している理由だった。
 
 
▼チームを牽引するパウロさんが語る想い
スタッフと支局員の2人が足を運んだのは、スペシャルチーム専用の山車や衣装を作る倉庫シダージ・ド・サンバ。
東京ドームの2倍の敷地面積を誇る巨大な倉庫群だ。
 
グランデ・リオの倉庫にいたのは、チームの山車と衣装の全てを手がけるパウロさん。
 
裏方でありながらチームを牽引することから“トラクター”の愛称で呼ばれる彼は、その道55年の職人だ。
 
パウロさんは昨年の火事に対して深く責任を感じていた。
 
崩れ落ちる壁を見ながら何もできなかったといい、
「あのときの心の痛みは今も覚えている」
と悔しさを滲ませた。
 
だからこそ今年のチームのテーマは
「私はあなたを信じている。あなたは?」だといい、
チームの立ち直りを意味しているのだと話した。
 
 
▼いよいよ本番 グランデ・リオの結果は!?
チームを構成するのは、チームの顔となるポルタ・バンデイラ(旗手)や、サンバには欠かせない打楽器隊バテリア、派手な衣装で踊るダンサーのパシスタなどさまざま。
 
それぞれがグランデ・リオの復活への想いを胸に、本番へ向けて練習を重ねた。
 
そしてカーニバルが開幕。
スペシャルグループの13チームは2日に分かれてパレードをするのだが、グランデ・リオの順番は2日目の最後に登場する。
 
パレードの審査項目は、衣装や山車の出来栄えからテーマを表現できているか等の10項目。
 
本番前のパウロさんは、
「感動しすぎて気持ちが高揚してるよ」
と高まる気持ちを抑えつつ、最終準備にとりかかっていた。
「今年は克服の年」とパシスタのダンサーたちも
優勝を目指して気持ちを高めた。
 
いよいよグランデ・リオのパレードがスタート。
 
山車の上でまるでメリーゴーランドが回転している様子には、審査員も身を乗り出して拍手を送る。
 
全身金色の衣装をまとった集団は、日本と原爆をテーマにしており、原爆を受けた日本が長い年月をかけて国を立て直したことを表現したそうだ。
 
パウロさんイチオシの噴水が出る豪華な山車は、アフリカをイメージした山車で、ネルソン・マンデラ氏への敬意を表したものだ。
 
朝5時半、80分間に渡る熱いパレードは終了した。
 
晴れ晴れとした顔のメンバーたち。パウロさんも「完璧だった」と満足そう。
そしてラウラが、プレゼントしてくれるというパシスタ衣装をまとい、
何やらパウロさんと笑いながら話していると思ったら
「彼もサンバできないって」
という衝撃の事実。
大笑いするパウロさんだった。
 
果たしてグランデ・リオは昨年の雪辱を果たせたのか!?
注目の結果は……
 
5位!
 
優勝は逃したものの入賞したため、
翌日の凱旋パレードで再びパフォーマンスを披露することとなった。
 
 
▼取材から8年、ラウラ支局員はどうしているのか
現在のラウラと中継をつないで話を聞いてみた。
すると、大学を卒業して医師になって働き始めたそう。
コロナの影響で大変だというが、8年前よりさらに美しくなったラウラの素敵な笑顔を見せてくれた。
6月17日の感想はここをクリック
東京の賃貸の部屋を引き払って
世界一周の旅に出た小松原ディレクター。
 
各国で日本人未踏の地を探すというテーマで本当にものすごい移動距離と、多くの出会いを果たしました。
 
助太刀のみなさん、語学の達者なのに驚きです。
「おかげさまで」「恐縮です」「ざっくりいうと」めっちゃ使いこなしてました。
あっぱれ!尊敬します。
 
 
そしてリオのカーニバル!
山車のスケールがすごい。
もはやアトラクションが動いているようなものです。
あんなスゴイ山車を作るリオの人たちに、
ぜひ日本のねぶた祭見てみてほしいなあと思いました!
<見逃し動画>6月10日  さよならジャーマン君SPECIAL!
 
TVerでは配信されていません
 
6月10日の公式内容

ネタ探しの超能力犬に導かれ、面白いものを探す人気企画「ネタ掘れワンワンの旅」。
暑さに弱い為、今日で引退のジャーマン君と、イケメン達のドタバタ珍道中を一挙お届け!
 
■犬とイケメン尽くしの1時間!ネタ掘れワンワンの旅 特別編!
 
竹内涼真が埼玉県幸手市へ!
ジャーマン君が辿り着いたのは、創業200年の老舗旅館!
なんとそこは、かつて伊藤博文や板垣退助ら多くの偉人が宿泊した、由緒正しき旅館だった!
 
志尊淳は神奈川県大磯町でネタ探し!
約300年続く俳諧道場で歴史を学び、大磯の海でジャーマン君と大はしゃぎ!
地元の人しか知らない絶品居酒屋を発見!
 
平野紫耀が埼玉県深谷市で珍道中!
深谷名物「煮ぼうとう」を頂いたお店で見つけたのは、新一万円札の偉人「渋沢HG」!?
なんと「渋沢栄一翁」の「翁」を「爺」と勘違いしていた!
さらに、渋沢栄一の新一万円札は「深谷だけの1万円札ですか?」と天然っぷりを炸裂!
 
杉野遥亮は神奈川県秦野市を大爆走!
県内唯一の盆地である秦野から見える富士山をバックに、ジャーマン君と2ショット!
さらに「オリーブを育てる為」だけに脱サラし、農家になったおじさんに遭遇!
なんと「農家になりたくて農家になった」のではなく、「オリーブを育てるために農家になった」というオリーブに人生をかけた男性だった!

6月10日の内容ネタバレはここをクリック
▼竹内涼真&ジャーマン
『ネタ掘れワンワンの旅』にて
最初のディレクターだったのが竹内涼真。
 
ネタ探しの超能力をもつ(!?)シベリアンハスキーのジャーマン君を相棒に、面白いものを見つけに埼玉県幸手市を歩く。
ディレクターである竹内が行きたいところに誘導するのは禁止、あくまでジャーマン君の行く先についていかなくてはならない。
 
通りすがりの旅館に引き寄せられていったジャーマン君。
そこは、伊藤博文や板垣退助ら数々の偉人も訪れた創業200年の老舗旅館“あさよろず”。
 
旅館が面した旧日光街道は、江戸時代の五街道のひとつ。
東照宮へと通ずる道であり、行き交う旅人のため日光街道の通る幸手は宿場町として栄えた。
 
旅館のご主人のわかりやすい説明に感心して聞いていた竹内。
すると
「なぜかというと私はここで観光ガイドをやってまして」
という納得の事実。
 
そんな観光ガイドのご主人が
「幸手市って犬の形でしょ、ハスキーと一緒」と、地図を見せてくれた。
「すごいところに辿り着いたな」
とジャーマン君と訪れた先で知った情報に竹内も驚いた。
 
続いて訪れたのは桜のまち幸手市でちょうど開催されていた桜まつり。
権現堂公園に行ってみると、まだ桜は蕾の段階。
 
そんな桜並木の下に集まっている
バレーボール部の女子高生たちに遭遇。
 
4月で転勤する顧問の先生とのお別れ会だという。
「初めて生徒が計画してくれたので」
と、先生も生徒の気持ちに応えてまだ桜咲かぬ公園にみんなで花見にやって来たそうだ。
 
竹内はハイタッチを交わして歓声を上げる女子高生たちに別れを告げた。
 
 
▼志尊淳は神奈川県大磯町へ
酒屋が営む居酒屋の人気の秘密は…
 
初っ端からダッシュするジャーマン君に走らされ、
「こんな過酷なロケなんですか?」
を息を切らせる志尊。
 
ジャーマン君がなかなか立ち止まらないため歩き回ることなんと2時間。
やっと足を止めたところは、“鴫立庵”(しぎたつあん)という300年以上続く俳諧道場だった。
 
俳諧道場とは、もともと俳句や文学を学ぶ場所で、現在は講演会や寄席などが開かれているそうだ。
 
庭の中へ案内してもらうと、大きな丸い岩でできたお墓が。
そこに墓碑が立つ“松本順”という人物は、江戸時代、将軍を診る侍医という位にいた医者。
 
海外で健康法として流行っていた海水浴を取り入れ、日本で初めて海水浴場を大磯に作ったのだ。
 
現在のイメージとはまるで違い、当時の海水浴は、海にさしてある鉄の棒につかまって波に揺られるだけのものだったそうだ。
 
大磯の歴史に触れた志尊は
「ジャーマン、俺、海行きたいな!」
と言いながら再び歩き始める。その胸の内を読んだのか!?
細い路地へ進んだジャーマン君が向かった先には海が!
 
しばし海岸を走り、再び街に戻ったジャーマン君が次に足を止めたのは、昭和初期から続く酒屋。
 
奥では居酒屋もやっており、地元のなじみ客が集う名店である。
 
どんな料理が人気なのかと思いきや、メニューはないのだそう。
女将さんのその日の気分によって決まる献立が、繁盛の理由だった。
 
 
▼平野紫耀のド天然炸裂
渋沢栄一がHG!?
 
埼玉県深谷市内をぐいぐいと進むジャーマンに引きずられるように歩き始めた平野。
 
瀧宮神社の湧き水で喉を潤したジャーマン君は、飲食店が軒を連ねる横丁に入っていく。
 
開いていた店に取材交渉をし、店員が戻ってくるのを待っていた平野は、“祝 渋沢栄一翁 一万円札に”というポスターに気づく。
 
2024年から1万円札の顔となる日本資本主義の父、渋沢栄一のことであるが、「渋沢栄一?栄一爺(えいいちじい)?HG?渋沢HG1万円札に?」
と芸人レイザーラモンHGを勝手に連想。
 
深谷の人たちが敬意を込めて「渋沢栄一 翁(おう)」と呼ぶそれを、「爺(じい)」と勘違い。
 
さらに撮影許可が下りて店内に入ると「渋沢栄一って誰ですか?」と即座に質問。
 
「今度1万円札になる人です」と答える店員に、
「やっぱそうなんだ、それは深谷だけの1万円札ですか?」
と言い店員をポカンとさせた。
 
再びネタ探しに歩き辿り着いたのは、廃業した酒蔵跡地にカフェや雑貨屋など14店舗が入った
深谷の人気スポット。
 
その中の“深谷シネマ”は市民のための映画館を作りたいという館長が営む小さな映画館。
以前は別の場所でやっていたのだが、区画整理のため移転しなくてはならず、この酒蔵をリフォームしてオープンさせたという。
 
「移転しなくてはいけなくなって、いてぇ(ん)!って」
とギャグを挟んできた館長に、
「おおっと!急に!?そっち系のお方なんですか」と平野節全開で応じた。
 
 
▼杉野遥亮、ラーメンに豆腐に湧き水も…秦野のおいしいを堪能の旅
神奈川県秦野市をジャーマン君と歩くのは、人気急上昇の若手俳優、杉野遥亮。
 
富士山を愛でながら歩く杉野がラーメン屋の看板を発見。
「ラーメン食べたいな、止まってくれないかな」
と言うと、想いが通じたのか店の入り口に向かったジャーマン君。
 
横浜飯店のおススメ“青椒肉絲メン”を白ご飯と共に堪能して満足顔の杉野。
 
続いてのネタ探しに歩いていると、大通りを外れ上り坂を猛ダッシュするジャーマン君。
田畑が広がる道をぐんぐん登っていくと、何やら作業をする農家の方に遭遇。
 
話を聞くと、オリーブが好きすぎて脱サラし、現在苗木を育てているところだという。
他の野菜には興味がなく、
「農家になりたくて農家になったわけではなく、オリーブを育てたいから農家になった」
と話すほど、オリーブに惚れ込んだようだ。
 
次に足を運んだのは、秦野の湧き水で作っている豆腐を販売する“杜のとうふ工房 三河屋”。
 
秦野は市内の至る所で湧き水が出ており、日本の名水百選にもなっているのだ。
 
寄せ豆腐をごちそうしてもらい、
「うまい!」と堪能する杉野。
「兄さんイイよ!出世するよ!」
と陽気な三河屋5代目のご主人に案内してもらい、湧き水の源泉を見せてもらうことに。
 
源泉の持ち主の方によると、1日の湧水量は最大1500トンという。
初代は104歳まで生き、21代目となるその方も87歳でお元気!
 
長寿の秘訣かもしれない湧き水を杉野も味わい源泉を後にしようとしたところで
「(杉野の)サインもらっておく。有名になったらね」
という三河屋のご主人。
 
「いやもう有名!めっちゃ有名!」と源泉所有者のお孫さんにツッコまれると、
「マジで?名前なんていうの?そうなの?マジで?」
とウキウキし始め、
「やっぱイイ男だね!」と言う主人は
「急にそうやって!」と杉野にもツッコまれていた。
 
 
▼最後に番組からのお知らせ!
シベリアンハスキーは暑さに弱く
夏場のロケがNGのため、
ジャーマン君は今回でお別れ。
 
涼しくなったころ、
もうワンチャンあったらいっぱいネタ探しをしたいから
そのときはよろしくだワン!
6月10日の感想はここをクリック
イケメンに次ぐイケメンの登場で
飽きない1時間…
 
やっぱり平野紫耀の破壊力たるや半端ない。
そして杉野遥亮がまた美しいこと…雑誌『日経トレンディ』が選ぶ「2020年来年の顔」に選出されただけある、キテるよ彼。
 
今回はさよならジャーマン君スペシャルでした。
フカフカモフモフで愛らしい子でしたね。
 
所ジョージさんも昔シベリアンハスキーを飼っていて、その子が亡くなる2日前に家族に挨拶をしてまわったんだと話しておられました。
 
ジャーマン君また登場する可能性もあるかも?
またモフモフとイケメンとの2ショットを見たいです。
若手じゃないけど、佐藤健とか…綾野剛とか…(個人的希望)
<見逃し動画>6月3日 爆笑&感涙!「愛」の2時間スペシャル!
 
TVerでは配信されていません
 
6月3日の公式内容

「元気になるV T Rが見たい」という視聴者のご意見にお応えして、スタッフ厳選の
「日本列島 金婚式の旅」と「日本列島 名前の旅」をお届け!
番組あてに届いたビデオレターには、今でも元気いっぱいの姿がありました!
 
■ 50年揺らがない愛に感動!金婚式の旅
「結婚式の旅」の特別編として2001年に放送された「金婚式の旅」をもう一度!
妻を愛するあまり「へばりつき男」と呼ばれた夫と、そんな夫にどんな時も寄り添う妻の
50年の愛の歴史を親族による演技で再現ドラマ化!
様々な困難を二人三脚で乗り越え、「へばりつき男」はやがて都城市長になる!
さらに、放送から20年が経ち、現在結婚70年となった2人からビデオレターが!
 
■ 名前の旅はシルクロードを辿る98歳の現役画家!
「名前の旅」からは、2015年放送の当時98歳の現役画家、入江一子さんに密着!
韓国の小さな町で生まれ、幼い時から「絵を描くこと」だけが心の支えだった彼女の人生は
やがてシルクロードを巡る壮大な旅へと広がっていく。
29歳の時に描けなかった「夕日」の悔しい思い出は
シルクロードを辿る長い旅の中でついに果たされることとなる。
さらに、放送から5年、104歳になった入江さんは今も現役で作品を描き続けていた!

6月3日の内容ネタバレはここをクリック
▼2001年に放送された金婚式の旅。
元気の出るご夫婦
結婚50年を迎えた岩橋辰也さん、セツ子さんの歴史とは…
 
宮崎県都城市に生まれた2人。
文武両道でいつも級長に推薦されるような人望の厚い少年だった辰也さん。
一方セツ子さんは、近所でも有名な美人で足も速く頭脳明晰と三拍子揃った少女だった。
 
共に戦争真っ只中を生きた2人。
辰也さんは17歳で入隊し、セツ子さんも戦争のために学校生活が中断される。
 
終戦後、市役所に勤め始めた辰也さんは、ある日妹が持っていた先輩の写真を見て、一目惚れをする。
それがセツ子さんだった。
 
それから間もなく花見で偶然セツ子さんに出会い挨拶を交わしてから、ますます想いを募らせた彼の職場に、アルバイトとしてセツ子さんがやって来る。
 
ラブレターを渡し、思い切ってデートに誘った辰也さん。
実はセツ子さんのほうも彼に好意を持っていたため、2人は自然と恋人同士に。
 
そのうち、セツ子さんは銀行の正社員として働くようになる。
新しい職場で彼女を他の男性に取られはしまいかと危機感を覚えた辰也さんは、セツ子さんとの仲を確実なものにするにはまずご両親に気に入られることだ!
と彼女の家を突き止め待ち伏せ。
 
偶然を装い家に上がらせてもらった辰也さんは、いつも以上に酔っぱらってしまう。
だがセツ子さんの父親も酒好きだったことが功を奏し、すっかり気に入られ、毎日セツ子さんの家で食事をするようになる。
 
更に辰也さんは仕事が終わると銀行に通い、彼女の仕事が終わるのを待つようになる。
ガラスに張り付くその姿から。
「へばりつき男」と呼ばれるように…それどころか、なんと銀行の社員旅行先にも現れるという「へばりつき男」ぶり。
 
デートを重ねた2人はよく映画を観に行ったが、「青い山脈」を観たセツ子さんは、「自分たちの力で世の中を変えるなんてすごいわね」と感動したそうだ。
 
そうして1950年に2人は結婚。
3人の子宝にも恵まれた。
辰也さんは市長室秘書係に転属して多忙な日々となった後も、役所内の部署を転々とするが、どこでも人望は厚く、その人柄は周りの人を惹き付けた。
 
辰也さんの魅力は特に宴会で発揮され、いつも人を楽しませたが、とある正月の宴会の席で2階から転落。
大腿骨骨折という大ケガを負って入院したことも。
しかしその際にも見舞いに来た人が半年間で700名以上といい、人望の厚さをを物語っている。
 
退院後も精力的に働き、市役所職員としては最高位の助役にまで昇進した辰也さんだが、ある事件の責任を取り職を辞することに。
 
傷心の日々を過ごしていた彼の元に、退職から4年後、元部下達が市長選に出馬してほしいとやって来る。
懇願されるその姿を見たセツ子さんは、
「人間やる気になれば何でも出来るのよ。自分の手で街を良くすることが出来るかもしれないのよ。青い山脈のように」
とかつて2人で観た映画のことを思い出しながら背中を押した。
 
そうして奮起して出馬した辰也さん。
現職有利の地方の市長選に大差で勝ち、都城市長になったのだ。
 
初当選から17年、5期目の現役市長である辰也さん(2001年当時)に、
今でもセツ子さんを愛してますか?と聞くと、「終始一貫です」と答え、財布に忍ばせたセツ子さんの写真を取り出した。
因みにそれはセツ子さんの社員旅行先についていったときに撮った写真であり、「今で言ったら完全にストーカーですね」と笑った。
 
金婚式で2人の歴史を振り返った後に辰也さんは、涙に詰まりながら深い感謝の言葉を述べた。
「50年の年月の間いろんな事がありました。
私共自身の喜びと悲しみというよりも、私を支えてくださった方々の苦しみ、そういうものが私共よりも何倍かであったろうと思います。
まあよくここまでやってこれたなぁと、本当に50年経ったんだと実感をもって感じることが出来ました」
 
その隣でセツ子さんもまた、「幸福でいっぱいです」と涙ぐんだ。
 
 
そして結婚70年を迎えた現在のご夫妻からのビデオレターが!
現在93歳と90歳になった辰也さんとセツ子さん。
ひ孫12名に囲まれ、今も元気でお幸せそうな姿を見せてくれた。
 
 
▼女性画家の「元気が出る」すごい人生
 
2015年に放送された「日本列島名前の旅」
 
98歳の入江一子さんは、シルクロードの風景を描き続けている現役画家。
ご自身の背丈をも超える大作は、これまで150作品以上。
 
「色と色との空間に夢がある」
「色を使うことがとっても楽しみ」
「光を描くことで画面が引き締まる」
と話す入江さんの絵の特徴は、鮮やかな色彩と、差し込む光。
 
そんな入江さんの人生とは…
 
韓国の大邱で生まれた入江さん。
貿易商を営む父を6歳のときに亡くし、まだ幼い妹たちの面倒をみながら母親を支えた。
そんな彼女にとって、放課後絵を描くことが心の拠り所だった。
 
16歳のとき、朝鮮美術展に入選したことで脚光を浴び、17歳で東京の美術専門学校に入学。
日本に来たときに、「緑したたる箱庭という感じだった」と色との出会いに感激し、日本の風景を描いた。
 
その後21歳で満州に渡り初個展を開いた彼女は、そこで人生を変えるあるものに出会う。
それは川面を染める「夕日の赤」だった。
その赤を「若いから表現できなかった」と言い、忘れられない悔しい思い出だと話す。
 
29歳で美術教員となってからは画家との2足のわらじを履き、寝る間を惜しんで作品を世に出し続けた。
 
1969年、52歳になった入江さんが描いていたのは石仏。
最初は日本の仏を描いていたが、元々仏像は西のガンダーラからやってきた、その歩みを遡っていった。
そのガンダーラに彫刻をもたらしたのはさらに西からきたギリシャ人。
そうして入江さんはシルクロードを西へ西へと向かい、トルコのイスタンブールにいたある朝、「火事かと思うほど真っ赤だった」という朝焼けを目にする。
 
35年前、満州で描けなかった赤を、そのイスタンブールの朝焼けで描き表現ができた、というその絵がシルクロードの原点となる作品になったそうだ。
 
そこから絵によるシルクロードの旅が始まり、30か国を巡った。
その旅はもう46年も続いている。
 
98歳になっても2足のわらじを履き続けている入江さんは、今も生徒さんに絵を教えている。
レッスンが終わり、立ち寄った公園の景色に、
「燃えるような色彩の色。本当に素晴らしい景色にビックリしました。」
と今もなお新しい色彩の発見に心を動かされていた。
 
「今度は日本の細やかな美しさを味わいたい。体力と気力をもって頑張って、もっともっといい絵を描きたいと思います」
と、止まることのない画家人生を語った。
 
 
そして現在の入江さんは…なんと104歳になった今も現役!
作品を描き続け、10月には独立展も予定されている。
「生きている限り絵を描いていきたいと念願しております」
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どちらもとっても素敵な方たちで、感動して涙がほろりでした。
 
「どなたがいらしてもALL MY FRIENDS!」と番組スタッフを迎え入れてくれた岩橋さん。
金婚式で話されたことが、ご自身のことよりも支えてくれた方々を思い遣った
労いと感謝に満ちた言葉でそれにとても感動しました。
 
奥様が話された結婚当初のお話があるのですが、「毎朝見送るんです、姿が見えなくなるまで。
でもケンカをすると(見送りには)出ないんです。
そしたら(辰也さんのほうが)心配になって帰ってくるんですよ」
 
なんてほっこりした可愛らしいエピソードでしょう…
 
奥様のことを、
「かわいかったですよー。今もかわいいけど」と明るく笑う岩橋さんの笑顔がとても素敵でした。
 
放送は2001年ですが、名作VTRですね。
 
 
そして今もなお現役画家の入江さん。
104歳でも筆を握り、まさに生涯現役でお幸せですね。
でも、ここに至るまで止まることなく突き進んできた入江さんのパワーと努力と、昔も今も変わらずこの日常に新たな発見を見出し大切にされている
その心あってこそと思います。
 
元気をもらいました!
<見逃し動画>5月27日 爆笑&感涙!「愛」の2時間スペシャル!
 
TVerでは配信されていません
 
5月27日の公式内容

これまで24年間に渡って放送してきた中から、所さんも納得の
笑えて泣ける珠玉の「愛のVTR」3本を大公開!
 
① 日本列島 結婚式の旅
20年純愛!
8年間1度も会わず200通の手紙だけで愛を育んだカップル。
肝心なところで“女々しい”新郎が、一番大事な披露宴で、新婦に感動サプライズ!
 
② 日本列島 ちょっと昔の旅
時空を超えた愛!
ただの墓参りで100か国以上巡った男の時空を超えた「偉人愛」
ゴッホやショパンの墓に隠された意外な真実とは!?
 
③ 日本列島 お父さんは好きですか?の旅
父娘の愛!
日本一の声を持つ19歳乙女が、病で8年間入院している大好きな父を
初めてライブに招待。愛がこもったサプライズソング…果たしてお父さんの反応は!?

5月27日の内容ネタバレはここをクリック
①日本列島 結婚式の旅
 
幼馴染の2人が8年間一度も会わず200通の手紙だけで育んだ純愛
(2014年9月17日に放送)
 
福岡県福岡市博多区で結婚式を挙げる野中敦さんと横尾直美さんは、小学校時代の同級生。
直美さんのクラスに転校生としてやってきた敦さん。
お互いに惹かれあった2人だったが、その11か月後に、直美さんが横浜に転校することに。
転校前に直美さんはバレンタインのチョコを渡したりと積極的な行動に出るが、敦さんは何も言えず…そのまま離れ離れに。
 
敦さんは昔から、なかなか言葉に出来ないタイプだったらしい。
 
直美さんが横浜の生活になかなか馴染めないまま1年が過ぎた頃、敦さんからの手紙が届く。
嬉しくて飛び跳ねたという直美さん。
手紙には「好きだった」とストレートな言葉が。敦さんは「言えないが書ける男」だったのだ。
 
これを機に始まった二人の文通は、それから8年間続く。
そして高校卒業間際に、直美さんが法事で福岡に帰ることに。
再会したら告白するぞと決めていた敦さんだが、
結局言えずじまい。
付き合おうという言葉もないままフェードインで付き合い始める。
 
その後直美さんは東京農業大学、敦さんは宮崎大学に進学し、遠距離ながらも2~3か月に一度は会っていた。
 
しかし、2年間の任期で青年海外協力隊としてアフリカに行くことを決意し、旅立った直美さん。
その後敦さんは就職。2人は時々連絡を取っていたが、現地での忙しさで直美さんからの連絡が途切れてしまう。
そして久しぶりの電話で直美さんは、「ずっと会ってなくて好きかどうかわからなくなった」と言い、
敦さんはショックを受ける。
 
そこで想いを手紙にして送ろうとした敦さんだが、負担になるかもしれないと思いとどまる。
(その手紙は捨てずに今も大事に保管されている。)
 
直美さんのほうも、久しぶりの電話なのにヒドイことを言ってしまったと落ち込んでいた。
 
その半年後、帰国した直美さんを空港で待っていたのはなんと敦さんだった。
「一番大切なのは野中君だ」と改めて感じ、喜ぶ直美さんだが、この期に及んでプロポーズの言葉もないまま、まさかのフェードインで結婚式を迎えた…
 
そして結婚式で、敦さんがサプライズで直美さんへの手紙を読む。
「今までハッキリ言えんかったけどあなたを愛しています。ずっと一緒にいてください。」
直美さんもこれには感激の涙だった。
 
その結婚式の放送から6年経った現在の野中夫妻からのビデオレターが!今は5歳と3歳の娘さんがいて、3人目のお子さんを妊娠中とのこと。とても幸せそうな姿を見せてくれた。
 
 
②日本列島 ちょっと昔の旅
 
ただの墓参りで100か国以上巡った男の時空を超えた偉人愛
(2018年1月16日に放送)
 
2005年3月28日に輝いていた人を勝手に表彰しちゃおう!ということで、この日付に発行されたAERAに掲載されていた、“墓マイラー”こと文芸研究家のカジポン・マルコ・残月さんに会うことに。
 
墓マイラーとはカジポンさんが作った造語。
これまで墓参りした偉人は2300人で100ヵ国は行ったと話すカジポンさんが、訪れたお墓でやるソウルトークとは、墓石に拳を当て、そこに自身の額を乗せて
「拳ひとつ分だけ近づいていいですか、ありがとうございました」
と故人の魂へ感謝を告げる行為だそう。
 
「三度の飯より墓が好き」という彼が、墓マイラーとなった経緯は、過去の三度の失恋だったとか!
 
芸術や文学とは縁がない生活だったカジポンさんだが、高校時代、美大を目指すA子ちゃんを好きになり、その子と仲良くなるために絵画を勉強したという。
が、結果はフラれてしまう。
 
「でもね、不思議とそんなに悲しくなかったんですよ。失恋という灰の中から“絵画”っていうダイヤを拾った。絵が大好きになってた。」
 
そして大学生のときには、カメラ屋でバイトする音大生のB子ちゃんに恋をする。
その子に気に入られたいがためにクラシック音楽を勉強しまくるが、これまたフラれてしまう。
「でもね、不思議と悲しくなかったんですよ。失恋という灰の中から“クラシック音楽”っていうダイヤを拾った。」
 
その後は図書館で働くC子さんを好きになり、世界文学を勉強し、会話のきっかけを掴む。が、またもや失恋。
「でもね、不思議と悲しくなかったんですよ。失恋という灰の中から“文学”っていうダイヤを拾った。」
 
恋愛と失恋を重ねて、絵画、音楽、文学という知識を得た彼は、20歳になる直前に、10代で一番お世話になった人にお礼に行こうと考える。
両親に次いで恩人だと思い浮かべたのは、19世紀ロシアの文豪ドストエフスキーだったそうだ。
 
そして実際にロシアで墓前に立った時のことを「架空の人物ではなく実在してたのだ、と感動が凄まじかった。墓石に手を添えると、土葬だからのその下に彼の身体があると思ったら全身鳥肌で震えが止まらなかった。」と話し、これを“アートサンダー”と表現している。
また、その後方にはチャイコスフキーを初め偉大な作曲家たちの墓も並んでおり、それを見て、「ゴッホやチャップリン、まだまだ他にもいる、これは行かなあかん!」と、ここから彼の墓マイラーとしての人生が始まる。
 
大学生のうちは貧乏旅行、その後も仕事でお金を貯めては墓参りに行く生活を続けいていたとき、「旅王」という雑誌に「墓を訪ねて三千里」というリポートが載った。そのときの肩書が文芸研究家カジポン・マルコ・残月だった。
由来は、本名の梶本の音読みに、母(墓)を訪ねて三千里のマルコ、そして芸術は太陽、芸術があって初めて研究できるのだから自身は月、でも月で照らすほど役には立ってないから残月、ということらしい。
 
結婚後は奥様と息子さんと家族で墓参りをしている。
「家族旅行は墓参り。観光はできない。」と話す奥様だが、
なぜ結婚したのかというと、
「他にはいない人だから。人生1回しかないから面白い方がいいかなって」と
カジポンさんの人柄に惹かれたようだ。
 
墓前で号泣するときのために「慟哭用ハンカチ」を持ち歩くカジポンさんがこれまで一番泣いたのは、ゴッホ兄弟のお墓。
37歳のとき自殺したゴッホだが、その隣に眠る彼の弟テオも、ゴッホが亡くなった翌年に逝去している。
カジポンさんは、
「これは想像だが、画商をしていたテオは、自分がもっと兄の絵を売ることが出来れば
兄が心を病んで命を絶つことはなかったのではと思い悩んだのではないか」と語る。
そしてそのお墓にはツタが茂っていたのだが、ツタの花言葉が「死んでも離れない」だったのを知り、更に感極まったと話す。
 
そして番組スタッフと共に、有名人の墓大国フランスを訪れたカジポンさん。
作家ジュール・ヴェルニュや、ショパンの恋人だったことでも知られる作家ジョルジュサンドの墓を訪れる。
最後に北部の島の岬に立つシャトーブリアンの墓前で、時々ここを訪れお墓に話しかけているというフランス人男性と出会う。
カジポンさんがずっと来たかった場所だと男性に伝えると、
「わざわざ遠くからよく来ましたね。ここにいらしてくれたことを光栄に思う。ありがとうムッシュ」
と言われたカジポンさん、「嬉しい」と男性とハグを交わしていた。
 
 
そして、現在のカジポンさんからもビデオレターが!
子ども達に墓巡礼の感動について講演するのが夢だったそうなのだが、以前の放送をきっかけに声をかけてもらい、愛媛の中学校で実現したのだと報告。
そして現在も奥様、息子さんと3人で、墓マイラーの旅を続けられているとのこと。
 
 
③日本列島 お父さんは好きですか?の旅
 
日本一の声を持つ19歳乙女が、病に倒れた父へ贈る全力の親子愛
(2019年1月30日に放送)
 
お父さんのことは好きですか?という問いかけに
「好きです」「入院中のお父さんに、ライブをみせたいな」
と話す平沼智奈美さんは、高校生バンドのコンテストでグランプリに輝いたこともあるBambooのボーカル。
 
子どもの頃から一緒にカラオケに行く仲良し3人親子だったが、智奈美さんが小4(11歳)のときに脳出血で倒れたお父さんは右半身に麻痺が残り、それから8年間入院したきりだそう。
 
プロを目指して活動中の智奈美さんが、
「今度のシングル発売記念ライプにお父さんを呼びたい」と考える。
お父さんはそれまで病院から遠くには外出したことがないため、まずは院長先生に相談し、1時間半くらいならと許可を得る。
 
そして何も知らないお父さんに話しにいくと…「なんだよそれ…無理だよー」と渋るお父さん。
しかし、院長先生から
「今状態は落ち着いてるから大丈夫ですよ」と話してもらうと、
「本当?いいの?」と乗り気になってくれた。
 
ライブ当日。
往復時間を考えるとライブ会場に居られるのは15分、3曲の間だけ。
バンドTシャツを着てライブ会場に車イスで入ったお父さん。
ステージに登場した智奈美さんの姿を嬉しそうに目を細めて見つめ、曲が始まると動くほうの左手を振った。
 
この日歌う新曲の「19歳」に込めた想いについて、「小さい頃のお父さんとの思い出を思い出しながら書いた。
病院は静かで食事の味も薄いと言っていたけど、モヤモヤした気持ちを河原で叫ぶと気持ちがいいじゃないですか、
だからパパの代わりに私が嘆いてあげようみたいな」と語った。
 
「大切な人に向けて作った曲を聴いてください」と新曲を歌い始めた智奈美さんに、最後は左手を大きく上に上げてノリノリで聴き終えたお父さんは会場を出て「まあまあだったね」と言いながらも、「100点…130点!」と笑顔で娘を称えた。
 
智奈美さんも、
「毎日同じことの繰り返しで生きてる意味がわからなくなったら、私のライブまた見に来て元気出してほしい。」
とお父さんへの思いを語った。
 
ライブ翌日、感謝の気持ちを手紙にしてお父さんに読んだ智奈美さん。
「昨日はライブを観に来てくれてありがとう。
小学4年生の頃家からパパがいなくなって、なんとなく悲しいのがだんだん重く感じるようになってきて、だけど音楽を始めて、ライブ活動してるよって報告する度に
嬉しそうに話を聞いてくれるパパが本当に生き生きしてるのが嬉しくて今まで頑張ってこられました。
これからもパパがいるから頑張れる。
早く治してまた観に来てください。」
 
これを聞いてお父さん、「かーわいいなあ、ほんとに」とにこにこと嬉しそうに笑った。
5月27日の感想はここをクリック
反響の大きかった過去の放送から選りすぐりの3本でした。
 
1本目のご夫婦も3本目の親子もどちらも本当にとっても素敵でしたが、私は何てったって2本目のカジポンさん!
キャラがいい!
好きな子に近づくための努力を惜しまないのもすごいけど、そこから人生を決める3つのダイヤを見つけたなんてめっちゃポジティブ。
「不思議と悲しくなかったんですねー」の下り、好きです。
 
ご家族も一緒に墓参りしている写真なんてとってもほっこりとして幸せな気持ちにさせられます。
VTRを観終わった所さんが「妙に最後は感動しちゃう!」って言うんですが、本当にそうでした。
そして所さんの「性格が優しい、この方」というコメントにもあるように、人柄の良さが伝わってきます。
話も上手くて面白いから、もっと講演活動が増えるのでは?

笑ってコラえての内容

公式サイト

日本全国や海外を取材し“視聴者の皆さんが知らない日本や日本人”“海外の文化や習慣”などを紹介する今年23周年を迎えたバラエティー番組。
「ダーツの旅」「ちょっと昔の旅」「名前の旅」など人気企画・名物企画が満載です。
 
<出典>日本テレビ公式

<出演者>

総合司会:所ジョージ
MC:佐藤栞里

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笑ってコラえての感想

20代女性

この番組は、家族全員が好きでよく見ています。なんといっても、番組が始まって最初のゲスト当てクイズが最高です。クイズのヒントでは、ゲストさんの過去のエピソードやマル秘エピソードなども知ることができるところもポイントです。中でも、「日本列島ダーツの旅」は、一番好きなコーナーです。番組のスタッフが日本地図に向かってダーツを投げて、ダーツの矢が指す地域を訪ねるというものですが、見ていてとにかく面白いです。まるで自分も行った気分になれて、その地域それぞれの良さを感じることができます。例えば、地方の方言だったり、その地域の有名なものを知ることができます。また、田舎の地域の旅は田舎のおじいちゃん、おばあちゃんたちが出演することが多く、旅人との会話はほのぼのとしていて、見ていて癒されます。私自身も田舎の出身なので、見ていて田舎独特の雰囲気に共感してばかりです。この番組は、所ジョージさんが司会を務めていることもあり、スタジオはとにかく笑顔で溢れています。見ているこちらも自然と笑顔になるような、そんな明るいイメージの強い番組です。笑って笑顔になれて、いろいろなことを知ることができて素敵な番組だと思います。

20代女性

女の子が大きなのぼりを勝手にはしご酒する町が自分の時だったりするとなんとなくチャンネルそのままに見入ってしまう。なんとなく自分の町が移っていると嬉しくなるのかもしれないです。自分の知っている町の情報や、住んでいる人の様子が見れるとなんだか安心するし、別の町の撮影でも、お酒を飲んでいる人って勢いに任せてプライベートの話でも仕事の話でもなんでもはったけてしまうので、シラフなら絶対言わないこともサクサク話したり、結婚している人の愚痴を聞いているのが面白いと思います。反対に、特派員が伝えてくれく海外のニュースのやり取りも面白いです。本題に入る前に、所さん、武さん、そして特派員のトークでツッコミどころのあるところやちょっとした豆知識を披露してくれると、お得だなと感じることもあります。世界って本当に広いですね。おんなじ行動をしているはずなのに、宗教や文化の違いで極端な行動に走ったり行き当たりばったりでおもしろ動画を見ることができたり、ゲームの世界みたいにおバカな挑戦をして、結構ギリギリな映像が流れたりと、笑えるポイントもあり、井の中の蛙ではいけないなと明るいきもちで前向きにさせてくれます。とても助かる番組です。

40代男性

「笑ってコラえて」を見て特に印象的であった回は次の2点である。1つ目は「ダーツの旅」である。いろいろな地域をスタッフが訪れているが私は特に東北地方の県が面白いと思っている。青森県などで町人や村人にインタビューしていると方言が強いため正直何を言っているがスタッフも分からないのであろう。町人や村人の方言が強いセリフの部分を「○☆#✕□◇$」といった感じの字幕で表現するシーンが大好きである。それを見ると私はいつも大爆笑してしまう。また町人や村人が料理を振る舞ってくれる時その料理がご当地の料理で名前だけではどんな料理が分からず絶対スタッフはその料理を知らないはずなのに「無類の○○○好きのスタッフはお呼ばれした」といった感じのナレーションが出てくるところも大好きである。2つ目は過去放送されていた「日テレのアナウンサー研修」である。まだ新人であった「笹崎里菜アナ」など3人が研修を受けていた。「笹崎里菜アナ」の名字の「ささざき」がハッキリ発音出来ていないと先輩の豊田アナからダメ出しされていた。「自分の名前くらいしっかりと発音しなさい!」豊田アナに叱られていた。しかし「ささざき」と「さ」が続く名字って確かに言いづらいかも?と私は見ていてそう思った。

30代男性

所ジョージさんがMCをしているだけあってスタジオ全体の雰囲気が緩くて硬い雰囲気が一切ないアットホームな雰囲気なところがこの番組の良さだと感じてます。自分が特に好きな企画は名前の旅やダーツの旅などといった旅シリーズです。有名な地域だけではなく知っている人があまりいないような辺境の地域まで取り上げてくれるので旅好きの自分にとっては貴重な情報源です。ただ目的地を旅していくだけではなくしっかり地元の住民と交流をしてコミュニケーションをしたりその地域の文化や風習に触れたりしているのですごい人との交流による温かみが伝わってきますし旅っていいなぁと思わせてくれる番組だと思います。ビデオカメラだけ持ってテレビの取材だと分からない雰囲気で一般人に気軽に話しかける行き当たりばったりな雰囲気も好きです。色々な場所を巡る旅番組は色々ありますがこの番組ほど一般人にスポットを当てて取り上げていくような番組はないのではないかと感じます。MCやディレクターやゲストの間に一体感を感じますしこの番組を盛り上げていこうという意気込みを感じます。これが長寿番組として続いている要因なのではないかと思います。これからももっと色んな旅シリーズを開拓してもらいたいです。

40代女性

いろいろな企画がありますが、私の一番好きな企画は「朝まではしご旅」と「日本列島待ち合わせの旅」です。「朝まではしご旅」は飲んでる人たちの姿がおかしいです。みんな明日も仕事なのにいつまで飲めるんだろう。とつくづく感心しています。それにゲストの人は本当にお酒が強いですね。あれだけ飲んでも全然変わらないなんて、毎回毎回尊敬のまなざしで見ています。「日本列島待ち合わせの旅」はとにかく待ってる人のファッションに注目しています。みんなおしゃれですよね。メイクもヘアーもばっちり決まって気合入ってるなという感じがします。昔は待ち合わせというと相手がこないといらいらしてしまうものでしたが、今はスマホがあるせいかイライラしている人が少ないですよね。でも後からきて「ごめん。待った?」の一言がないのはどうなのでしょうか。テレビがあってびっくりしているのもあるのでしょうが一言ぐらい言えばいいのになと毎回思います。でもこれから楽しい時間を過ごすのだから良いですよね。ちなみに父親の好きなコーナーは冒頭のゲストを当てるコーナーです。あれだけのヒントで良く当てられるなあといつも感心しながら見ています。ダーツの旅も旅をして人とふれあえた気分になって最後までスカッとする面白い番組です。

50代女性

「笑ってコラえて」って国民的バラエティー番組の代表だと思います。所ジョージさんのゆる~い感じが番組全体に出ていて、見ていて癒やしを感じます。特に、笑いを取るのに無理している感じがなく、悪も感じないところが大好きです。アシスタントの佐藤栞里ちゃんの天然っぽいコメントや仕草ややわらかい雰囲気がこの番組にとてもマッチしている感があります。所ジョージさんと佐藤栞里ちゃんのコンビになって益々好感度がUPした感じもあります。番組企画もとても楽しくて、一番好きな企画はやっぱり「ダーツの旅」です。日本地図にダーツを当てて行き先を決めるのもいいアイディアと思いますが、派遣するスタッフや芸能人がよくぞ見つけたって感じの村人を発見するのも楽しいです。その地方の方言で何を言っているのかさっぱりわからない方言など思わず笑ってしまいます。また、どの地域に行っても人の温かさを感じるので日本人っていいなと思います。自分の近くにも是非来て欲しいと思います。この番組のいいとことは、同じ映像を何度見ても飽きずに笑えたり、もう一度みたいと思うところだと思います。なかなかそんな番組は少ないと思うので、今後もずっと続いて欲しいと思う番組です。ダーツの旅特集だけの「笑ってコラえて」も見たいです。

30代女性

笑ってコラえては、所ジョージさんの魅力が最大限に詰まったバラエティー番組だと思います。芸能界でも唯一無二の存在である所ジョージさんですが、芯をしっかり持っており、周りに流されない姿が素敵だと思います。自分の感性を大切にしている所ジョージさんだからこそ、コメントも周りと変わっていて面白いと思いました。そして、所ジョージさんのトークは個性があり、ずっと聞いていたくなります。また、名物コーナーのダーツの旅は、地方の日常や風景がナチュラルに放送されており、癒しの時間になっています。そして、たまに奇想天外な行動や発言をする一般人に笑わせてもらっています。所ジョージさんは誰からも愛される存在で、共演するゲストの皆さんが楽しそうに番組に出演している印象を受けます。それぞれの価値観に理解を示し、広い心で皆を受け入れている所ジョージさんがカッコいいです。また、本音でハシゴ酒のコーナーも面白いです。お酒が入っているからこそ飛び出すトークが最高で、様々な本音が聞けて満足です。ぜひ今後も色んな芸能人に本音でハシゴ酒に参加して欲しいです。また、所ジョージさんのMCも面白く、テンポが良くて気持ちが明るくなります。これからも所ジョージさんの活躍を楽しみにしています。

50代女性

「日本列島ダーツの旅」が面白いです。日本地図を前に、ダーツの矢が刺さったところに行く企画ですが、最初に観た時は、何とも斬新なアイデアだと思いました。いろいろな場所を旅してきて、そこに住んでいる人たちを取材してきました。そこで思ったことは、どの場所でも、人は同じような反応をするということでした。中でもお年寄りの班のはさまざまですが、それを変にいじることなく、そのままテレビに映していると感じました。素人さんの出演ということで、もちろん本人の許可を得ているのでしょうが、何も飾らないところあ、かえって好感を呼んでいると思いました。全国各地を巡り、素人さんがテレビに出演する番組は他にもあります。ですが、この番組ならではの独特の切り口だと思いました。いきなり尋ねると言うのもこの番組ならではですが、長寿番組ということもあり、企画の存在を知っている素人さんも多く、取材にきちんと答えてくれる人が多いように感じました。田舎に住んでいる人は良い人で親切だという印象がありますが、決してそうではないと思います。住んでいる場所に関係なく、対応は個人差があります。ですが、どこへ行っても目立ちたがり屋の人はいるようで、そういう人を観察していくのも面白いと思いました。

30代女性

司会の所ジョージさんの雰囲気がそのまま番組にも反映されているような温かい番組に感じます。普段は表に出ないスタッフがレポーターとなったり、町で出会った一般の人で企画を作ってしまう斬新さが面白い番組です。中でも一番好きな企画が「ダーツの旅」です。所さんが日本地図めがけて投げたダーツで当たった場所に行くという、何が起こるか分からないドキドキに楽しさを感じ、行き当たりばったりで出会った町の人たちの面白さに毎回笑いが絶えません。また面白さを引き出すスタッフの敏腕さにも驚かされます。他にも「待ち合わせの旅」や「長距離バスの旅」など様々な企画があり、どの企画もそのときに出会った人と企画を作り上げていくという面白さがあります。中には感動をもたらす展開となっていく企画もあり、同じ企画でも人それぞれに違う結果があり、毎回新鮮に視聴することができます。これまでたくさんの企画がありましたが、どれも人との出会いを大切にした企画ばかりだと感じます。出会った人との縁によって作り出された企画には、視聴したすべての人に共感できる応援の気持ちが伝わってきます。面白さの中に人との繋がりの素晴らしさを感じることができる番組で、心温まる番組です。

40代女性

何十年もやっている番組、でも飽きることは無いのです。まずはゲスト当てのコーナー、物まねとか失敗談とか意外な素顔がどんどん飛び出してきます。町の人のイメージを聞いてなるほどと笑ってしまうことも、のっけから笑わせてくれるのです。そして大好きなダーツの旅、自分の住んでいる県に来てくれないかといつも期待しているのですが、なかなかうまくいかないものです。ただ車で出かけて町の人たちにその地の良い所を聞くだけ、単純な企画ゆえにずっと続いていくのかもしれません。素のおばあちゃんたちが意外といい味出してくれる、素人さんのパワーに圧倒されます。定番メニューもあればその時々の季節メニューも出てくるのも良いところ、最近では居酒屋をはしごして回る旅が好きです。結構飲める女優さんっているんですね。あんな素敵な人たちがやってきたら私もおごってしまうかもしてないです。居酒屋自体も好きなので、ご当地ならではのチューハイとかあると飲んでみたくなります。コロナの影響で出歩けない現在、またこうして日本中でいろんな素人さんと触れ合えるような世の中が戻ってくることを願っています。それまでは過去の録画映像でもいいのです、何しろ撮りためた数は他の番組に負けることは無し、面白い人は何度見ても面白いです。